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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)339号 判決 1959年3月17日

常磐相互銀行

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)日本化工機株式会社破産管財人は請求の原因として、日本化工機株式会社は昭和二十六年九月二十六日青木茂を発起人総代として設立されたものであるが、昭和二十九年一月二十六日東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日その破産管財人に原告が選任された。右会社は昭和二十六年九月二十七日富士信用組合に対し金二十五万円を普通預金とし、利息日歩七厘、請求次第払戻の約で預入れた。しかるに右組合は営業不振のため解散し、控訴人株式会社常磐相互銀行は右組合から本件預金債務を重畳的に引き受けたので、被控訴人は控訴人に対し昭和三十年一月十八日到達の内容証明郵便で右預金の支払を催告したが、控訴人の応ずるところとならないので、被控訴人は本訴において右預金二十五万円並びにこれに対する完済までの約定利率日歩七厘の割合による利息、損害金の支払を求めると主張した。

控訴人株式会社常磐相互銀行は抗弁として、控訴人は富士信用組合の営業の一部を譲り受け、「日本化工機株式会社青木茂」なる名義の預金債務を引き受けたことはあるが、これは元来青木茂個人の預金である。仮りに、右預金は青木において日本化工機株式会社の発起人の資格で右組合に預け入れたものであつたとしても、青木は発起人として昭和二十六年七月二十六日から同年九月十四日までの間前記会社設立準備のため手形若干枚を振り出し、右組合は事実上保証の意味で右手形に裏書したので、右組合は青木に対し手形保証料としての債権二十六万千九百九十九円を取得したところ、右組合と青木とは同年九月十五日右債権と本件預金債務とを対等額で合意相殺したから、これにより本件預金債務は消滅し、右会社が設立により当然取得すべき預金債権はない、と主張した。

理由

証拠によれば、日本化工機株式会社発起人青木茂は富士信用組合に対して昭和二十六年八月十一日五万円、同月十五日五十万円、同月二十三日五十万円及び十万円、同年九月一日二十万円を預け入れ、同年八月十六日十万円、同月三十日百万円を払戻したので、結局同年九月二十六日現在の預金元本残高は二十五万円となつていたことが認められる。しかして、右預入は何れも右会社設立前に行われているので、右預入により生じた預金債権が果して青木茂個人に帰属するものであるか、又は設立中であつた日本化工機株式会社の預金として設立と同時に同会社に帰属するに至つたものであるかについて考えるのに、証拠を総合すれば、青木茂はゴム製品合成樹脂製品の製造販売等を目的とする日本化工機株式会社を設立しようと計画し、右会社の発起人総代として設立準備のため資金の調達、預金、株式払込事務などを遂行し、本件預金もまた発起人総代として将来設立されるべき会社のために預け入れたものであることが認められる。そして、株式会社の設立にあたり、払込を取り扱うべきものは銀行又は信託会社に限られているが、右預金が払込株金に基くものか否かにかかわりなく、その預金が将来設立されるべき会社のためになされたものとして効力あるべきことは明らかである。してみると、日本化工機株式会社は同年九月二十六日設立と同時に右預金債権を当然取得したものと認めるべきである。

ところで控訴人の合意相殺の主張につき判断するのに、証拠によれば、青木茂は昭和二十六年七月二十六日から同年九月十五日までの間に手形三十通を振り出し、右組合よりその都度これに手形保証を得たので、右組合に所定の手形保証料をその都度直ちに支払う旨約し、その約定保証料債務は三十二万五千二百二十六円に達したにもかかわらず、うち二十六万千九百九十九円を支払わなかつたことが認められるが、青木の右手形振出およびこれに対する保証は何れも前記会社成立前の行為であるところ、証拠によれば、当時設立中であつた日本化工機株式会社の資本金は千二百五十万円であつたにもかかわらず、青木の当時振り出した手形金額は遙かに右資本金以上にのぼるものであつて、このような事情の下において青木のその手形振出が設立中の会社であつた日本化工機株式会社のため行われたものであることを認めるに足る証拠のない以上、その手形行為は青木個人の行為と認めるほかはない。従つて、前記組合の有する保証料債権も青木個人に対する債権と認めるべきものであるから、該保証料債権をもつて本件預金債権とは性質上相殺し得ないことは明らかである。けだし預金債権は青木個人の債権ではないからである。

次に、控訴人は日本化工機株式会社は昭和二十七年十二月五日、控訴人の承諾を得て右預金債権を富士信用組合に譲渡したから、日本化工機株式会社は預金債権者ではない旨主張するが、証拠を総合すれば、青木茂は日本化工機株式会社の専務取締役と称して昭和二十七年十二月五日右組合に対し前記手形保証料債務の弁済のためなりとして、本件預金債権を譲渡する旨の意思表示をなし、当時控訴人の承諾を得たことが認められるけれども、証拠によれば、青木茂はこれよりさき昭和二十六年十月十二日日本化工機株式会社の代表取締役を辞任し同月十八日その旨の登記を経ていることが明らかであつて、従つて右預金債権譲渡の意思表示の当時青木茂は日本化工機株式会社を代表する権限がなかつたものであるから、右譲渡の意思表示は前記会社について何らの効力をも発生しなかつたものといわざるを得ない。

よつて控訴人は被控訴人に対し本件預金二十五万円およびこれに対する完済までの一日七厘の割合による約定利息並びに遅延損害金を支払わなければならないから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないとしてこれを棄却した。

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